沙羅の寺  應聖寺(おうしょうじ)

應聖寺(おうしょうじ)は、兵庫県神崎郡福崎町にある
天台宗の寺院です。
沙羅の花の咲く寺としても有名であるため
沙羅の寺ってよばれてるそうです。

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往昔からの古事・伝承に基づくと、当山は天竺の高僧法道仙人によって
白雉年間 (六五〇~六五四)に開基されたと伝えられる。
一方、『應聖寺縁起』(旧版『福 崎町史』『板坂村史』掲載)等によると
鎌倉時代中期、人皇第八十九代亀山帝の 御宇文永二年(一二六五)十一月
祐運大徳によって創建されたとある。また、御本尊の聖観世音菩薩は、
もとは平景清公の念持仏であり、当時世に聞こえ た霊像であったことから
それを聞き及びし南北朝期の播磨守護職赤松則祐公が、
当寺再興の為に都より遥々奉迎したものと伝えている。
その妙なる霊験殊に顕著な るゆえに、妙顕山とも妙見山ともいう
山号の由来となったという。
ってことです。

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正平六年(一三五一)、赤松氏祈願所として再興された当時の様子を
『應聖寺縁起』 に尋ねると、「誠に台門の古刹として
往時は堂塔伽藍軒を列ね、寺観の美は法門 の儀標として
衆庶の膽仰する所なり云々」と伝えており、天台宗門の古刹として
堂塔伽藍の秀麗さにおいて、一際異彩を放っていたことが知られる。
また、江戸時代には、徳川将軍家三代(秀忠公・家光公・家綱公)の
回向と御位牌の 安置が許され、しかも姫路藩主が
姫路城主歴代尊霊の回向に参拝する特別な格式を有する寺院であった。
それ故であろうか姫路藩主酒井公ゆかりの茶道具類も残されている。

そうです。

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更に、当寺は往昔より、神西郡の主格、高岡郷にあり
住職は末社十社をもつ一宮 神社の別当職を兼務していた。
およそ、三百年前に始まった一宮神社御宝前での大 般若転読会は
春秋二回、近隣寺院出仕のもと、今もなお続けられている
んだとか。

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関西花の寺第八番札所。 播州薬師霊場会第十三番札所。
ご本尊は聖観世音菩薩、薬師如来。

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現在の伽藍は、明治元年落慶、大正十三年改築の本堂及び庫裡
昭和五十四年再建 の当寺奥之院である祈願堂
並びに平成十三年落成の開山堂及び茶室不動庵が整備されている。

そうです。

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本堂と書院の裏手に連なる庭園は、江戸初期の石組をとどめ
池泉観賞式の名園として名高く、「名勝應聖寺庭園」として
県指定文化財に指定さ れている。六、七月の沙羅の開花期や
秋の紅葉時には、数多くの来訪者で賑わう
そうです。

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頭と足は石製で、胴体はサツキの生け垣の涅槃仏です。
右脇腹を下にして横たわり、身長約8m、肩幅の一番広い所で
高さ1.5m あるんだとか。この涅槃仏像は、第34世住職祐廣和尚が
1994年(平成6年)に完成させたそうです。

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御朱印22、23枚目ゲットだぜ!    


住所は兵庫県神崎郡福崎町高岡1912。
JR播但線福崎駅からタクシー約8分








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