読めますか。京阪電車編 その2

京阪電車編つづきです。
読めますか?この駅名ってことで。

t02.jpg

香里園 枚方公園
樟葉 中書島


zzzz2.jpg

香里園 こうりえんってよみます。これも難しいかも。
もともとこのあたりは、古代に茨田[まった]郡の役所があった
郡衙[ぐんが]跡と推定され、郡の地名はこれに由来するといいます。
江戸時代は郡村「こおりむら」で、明治22年(1889)に7カ村が
合併して友呂岐[ともろぎ]村となり、郡はその大字となりました。
明治40年(1907)京阪電車の開通に先立って、阪神電車沿線の
遊園地「香櫨園」[こうろえん]をヒントに、地元で香里遊園地計画が
持ち上がりました。それを京阪電鉄が引き継いで、明治43年(1910)に
香里遊園として開園し、駅名も「香里」となりました。
「香里園」と改名されたのは昭和13年(1938)です。

枚方公園 ひらかたこうえん。
ひらかたっていうのもむずかしいですよね。
地名の起源は「日本書紀」によると
「白肩(しらかた)之津」である。白肩は白潟のあて字で
このあたりは白波が立ち寄せる岸であったらしい。
上方では「し」が「ひ」に変化して発音されることが多く
「ひらかた」となったんだとか。

樟葉 くずは。
これもけっこう。地名の由来としては
『古事記』崇神天皇条に、武埴安彦命が謀反を起こして崇神天皇の
軍に敗れた際に、逃げ落ちた兵士が恐怖のあまり袴に便を漏らし
その場所を「くそばかま」と呼んだものが転じて「久須波(くすは)」
になったと記されており、『日本書紀』にも同様の話が登場するそうです。

中書島 ちゅうしょじま。
文禄年間、中務少輔の職にあった脇坂安治が
宇治川の分流に囲まれた島に屋敷を建て住んだことから
「中書島」の名前が生まれたとされる。中務少輔の唐名が
「中書」であったことから、脇坂は「中書(ちゅうじょう)さま」と
呼ばれていた。その「中書さま」の住む屋敷の島という理由で
「中書島」と呼ばれるようになったそうです。

長くなってきたので続きはまた。

ご訪問ありがとうございました。

コメントの投稿

非公開コメント

No title

こんにちわ~

はい
今回もパーフェクトでした~~♪

Re: No title

まう さん

優秀ですね。そのうちまた書きますね。v-410

トラックバック

http://19630606.blog.fc2.com/tb.php/1296-c8c73514

プロフィール

探偵モンク

Author:探偵モンク
個人的な日々の出来事を気ままに
記録してます。
写真は娘が幼稚園時代に工作した
パパです。

最新記事

最新コメント

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

カウンター

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク